大阪高等裁判所 平成9年(ネ)1488号 判決 1998年1月20日
控訴人兼附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)
千原宗之
右訴訟代理人弁護士
佐藤道雄
被控訴人
甲野一郎
被控訴人兼附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)
株式会社田野商会
右代表者代表取締役
田野昌廣
右訴訟代理人弁護士
高野裕士
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人株式会社田野商会は、控訴人に対し、一一〇万円、及びこれに対する平成一〇年一月二二日から右支払いまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
三 被控訴人甲野一郎は、控訴人に対し、一一〇万円、及びこれに対する平成四年九月二四日から右支払いまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
四 被控訴人らは各自、控訴人に対し、二一五万円、及びこれに対する平成一〇年一月二二日から右支払いまで年七パーセントの割合による金員を支払え。
五 控訴人のその余の請求を棄却する。
六 訴訟費用は第一、二審を通じて六分し、その五を控訴人の負担、その余を被控訴人らの連帯負担とする。
七 この判決は第二、三、四項に限り仮に執行できる。
当事者の主張
第一 申立
一 控訴の趣旨
1 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人らは各自、控訴人に対し、一八六九万円、及びこれに対する本判決言渡の日から支払済みまで年七パーセントの割合による金員を支払え。
(附帯請求について、当審で利率につき請求拡張、起算日につき請求減縮)
3 訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人らの負担とする。
4 仮執行宣言。
二 附帯控訴の趣旨
1 原判決中、被控訴人株式会社田野商会(以下「被控訴人会社」という。)敗訴の部分を取り消す。
2 右取消部分にかかる控訴人の被控訴人会社に対する請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。
第二 事案の概要
一 請求原因
1 本件事故の発生
日時 平成四年九月二三日午後九時五一分ころ(現地時間)
場所 アメリカ合衆国カリフォルニア州ガーデナ地区内道路
車両 被控訴人甲野一郎(以下「被控訴人甲野」という。)運転、控訴人同乗の普通乗用自動車(以下「本件事故車」という。)
態様 本件事故車が道路脇の電柱に衝突した。
2 責任原因
(一) 被控訴人甲野は、居眠り運転という自己の注意不足によって控訴人に傷害及び障害を負わせたから、カリフォルニア州民法(Civil Code of the State of California)一七一四条(a)により、損害賠償の責任がある。
(二) 被控訴人会社は、自転車の輸出入等を業とする会社であるところ、被用者である被控訴人甲野が、被控訴人会社の事業執行の範囲で本件事故を起こしたから、同法二三三八条により、損害賠償責任がある。
ちなみに、被控訴人甲野は、被控訴人会社の命令により、アメリカへ国外出張していたものである。本件事故車は、被控訴人甲野が借りたレンタカーであったが、被控訴人甲野は、被控訴人会社の業務のため借りたのであり、レンタカー代金も被控訴人会社が負担していた。控訴人が所属する株式会社福井商会(以下「福井商会」という。)は、被控訴人甲野の出張業務について、被控訴人会社と協力関係にあった。本件事故は被控訴人甲野が業務関係者を乗せて宿舎であるホテルへの帰途で発生した。被控訴人甲野の意図、権限、自由度などからみて、被控訴人甲野は、被控訴人会社の業務の範囲内で控訴人を同乗させたと言うべきである。
3 損害
(一) 控訴人の受傷内容
控訴人は、本件事故により、前歯のうち、上の左一番、右一番は欠損、左二番、右二番は破折(亜脱臼)となり、左三番、右三番とともに補綴治療を受け、下の左一番、二番、右一番、二番は破折(亜脱臼)となり、左三番、右三番とともに補綴治療を受け、他に下腿部強度打撲及び下唇裂傷等の傷害を受けた。その後控訴人は歯科治療、腰痛治療を継続して受けている。
(二) 控訴人の事故前の地位及び事故による影響
控訴人は、昭和四三年八月二六日生まれで、事故当時二四才であり、アマチュアではトップクラスの自転車競技者として、自転車製造販売を業とする福井商会の社員ライダーの地位にあった。控訴人は、福井商会から平成四年中に二五四万一四〇〇円の給与を得ていた。
しかし、控訴人は、本件事故による後遺障害のため、著しく能力が低下して自転車競技を行うのが困難となり、競技生活を断念し、平成五年七月に福井商会を退職した。
(三) 請求損害の内容
以下の損害を主として請求する。その損害額合計は一九七九万円である。
(1) 労働能力の損害
(2) 将来の生活享受を侵害されたことの損害
本件事故による傷害、通院、後遺障害によるもの。
(3) 将来(本件口頭弁論終結日の後)当然生じる合理的に算定される医療費
将来の歯科治療及び義歯取り替えに相当の費用を要する。
4 よって、控訴人は被控訴人らに対し、連帯して、本件事故による損害金一九七九万円の支払を請求しうるところ、当審では、原審で認容された損害金一一〇万円を控除した一八六九万円及びこれに対する本判決言渡の日から支払いまで年七パーセントの割合による利息の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
(被控訴人甲野)
1 請求原因1、同2(一)のうち、被控訴人甲野が居眠り運転をした事実は認めるが、その余は争う。
2 同3のうち、控訴人が福井商会を退職したことは認めるが、その余の事実は争う。
(被控訴人会社)
1 請求原因1の事実は不知。
2 同2(一)の事実は不知。
3 同2(二)のうち、被控訴人会社が自転車の輸出入等を業とする会社であること、被控訴人甲野が被控訴人会社の被用者であったこと、被控訴人甲野が被控訴人会社の命令によりアメリカに国外出張したこと、本件事故車のレンタカー代金を被控訴人会社が負担したことは認めるが、その余の事実は争う。
被控訴人甲野が控訴人を含む福井商会の者を本件事故車に同乗させたのは、たまたま同じ展示場で被控訴人会社と福井商会が展示していた関係から、もしくは当時被控訴人甲野が被控訴人会社から独立し、福井商会の者と協力して新会社を設立しようとしていたからであり、仕事上の義務ないし仕事の一部ではなかったから、本件事故車に控訴人を同乗させたこと及び本件事故は被控訴人会社の仕事の範囲内ではない。
4 同3の事実は不知。
控訴人の本件事故によるけがは、自転車の運転能力に影響するようなものではない。控訴人の競技生活の断念と本件事故とは相当因果関係がない。
三 被控訴人らの抗弁
1 好意同乗による免責
被控訴人甲野は、控訴人を好意で同乗させただけである。
2 控訴人のシートベルト不着用
控訴人は、本件事故当時、シートベルトを着用しておらず、このため控訴人の傷害が生じ、或いは重くなったから、被控訴人らの責任は否定され、或いは過失相殺がなされるべきである。
(被控訴人会社)
カリフォルニア州法では、シートベルト着用が義務づけられており、控訴人はこれに違反したところ、専らこのため控訴人の被害が生じた。
四 抗弁に対する認否反論
1 好意同乗については、控訴人が無償で同乗したことは争わないが、業務上の協力関係にあったから、好意同乗と言うべきか疑問がある。
無償で他人の自動車に同乗した者の、運転者等に対する賠償請求を制限する法理は、現在存在しない。
2 控訴人は、本件事故当時、シートベルトを着用していた。
理由
第1 当裁判所の事実認定
一 交通事故
次の事実は、甲一号証、乙一号証、二号証、三号証の1ないし5、控訴人本人尋問により認めることができる。なお、この事実の一部は控訴人と被控訴人甲野間で争いがない。
1 被控訴人甲野は、平成四年九月二三日午後九時五一分ころ(現地時間)、アメリカ合衆国カリフォルニア州ガーデナ地区内道路において、普通乗用自動車を運転し直線走行中、居眠りをしたため、制動をかけないまま、本件事故車を右前方の車線外にはみ出させ、交差点を過ぎたところにあった信号灯の柱に衝突させて、本件事故を引き起こした。この車は、前部を大破した。
2 控訴人は、本件事故当時、運転席とは反対側の右後部座席に同乗していた。控訴人は、衝突により、前の座席にぶつかり、これにより口などに受傷した。控訴人は、当時シートベルトを着用していなかった。
二 被控訴人会社や控訴人との関係
甲八号証、乙五号証、控訴人本人、被控訴人甲野本人、弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。なおこれらの事実のうち一部は被控訴人会社との間で争いがない。
1 被控訴人甲野は、被控訴人会社に雇用され、本件事故当時被控訴人会社の北米地域担当課長であった。
2 被控訴人甲野は、本件事故までに一〇回程度、被控訴人会社の命により北米に出張したが、その際、旅費、宿泊料、レンタカーなどの費用については、出張前に被控訴人会社から必要経費の概算額を預かって、帰国後に清算する方式を取られており、出張中は、概ね右預り金の範囲内で費用支出をしていた。
被控訴人甲野は、平成四年九月、被控訴人会社から、自転車の展示会への参加、取引先との打ち合わせのため、北米への出張を命じられ、後記のとおり出張して業務に当たったが、この出張時にも、費用の負担などはそれまでと同様であった。
3 被控訴人甲野は、平成四年九月二〇日から同月二二日まで、アメリカ合衆国カリフォルニア州で開催されたサイクルショー(自転車と自転車部品の展示商談会)に参加し、同会場内に設けられた同会社用ブースにおいて、一人で、展示された同会社の商品である自転車及び同部品の宣伝販売に当たっていた。被控訴人会社は、かつて福井商会の製品を販売したという関係があり、右ショーでは、被控訴人会社がデザインして福井商会が商品化しようとしていた新製品だけを展示していた。
4 控訴人は当時、福井商会に雇用されていた。福井商会も、右ショーに参加し、福井商会の社長や控訴人を含む六名が、被控訴人会社用ブースとは別のブースにおいて、福井商会の商品である自転車及び同部品の展示販売に当たっていた。被控訴人甲野は、福井商会のブースにおいても、通訳や接客の手伝いをしていた。
5 被控訴人甲野と福井商会の展示販売担当者六名とは、当時同じホテルに宿泊しており、被控訴人甲野は、福井商会が借りたレンタカーに無償で同乗し、ホテルとサイクルショーの会場とを往復していた。
被控訴人甲野は、同年九月二四日までアメリカで商用があったため、同月二二日に、三日間の予定で、福井商会のレンタカーとは別に、レンタカー(本件事故車)を借りた。被控訴人甲野がレンタカーを借りるのは、日本を出国前から予定していたことで、被控訴人会社においても、これを承知していた。
6 同年九月二三日、福井商会の展示販売担当者六名と被控訴人甲野とは、一緒に、前記二台のレンタカーを使用して、福井商会と取引関係のあった自転車メーカーのもとに赴き、そこから福井商会の展示品を日本に送る梱包作業をするとともに、右メーカーに預かってもらっていた被控訴人会社の商品を他の場所に運搬する作業をし、そのほか、被控訴人甲野の知り合いの二、三軒の小売店及び問屋に赴いて、部品の買付について視察をした。その後、右七名は、一緒に夕食を取ってから、右二台のレンタカーに分乗した。被控訴人甲野は自ら借りた方のレンタカーを運転し、控訴人を含む三名が同乗した。そうして、被控訴人甲野は、宿舎であるホテルに向かい走行中、本件事故を引き起こした。このレンタカー料金は、被控訴人甲野がとりあえず支払ったが、結局被控訴人会社がこれを負担した。他の同乗者はこのレンタカー費用の負担をしていない。
7 被控訴人甲野は、平成四年八月ころ、自ら自転車関係商社として独立を企図し、その旨を被控訴人会社の役員に報告していた。被控訴人甲野は、独立後は被控訴人会社の商品を取り扱うほか、福井商会の社長の援助を受け、福井商会とも提携して事業を進める予定であった。実際、被控訴人甲野は、同年一二月被控訴人会社を退職し、平成五年三月自己が代表取締役となり、福井商会の社長が取締役となって新会社を設立した。しかし、被控訴人甲野は、平成四年九月アメリカ出張したときの出張目的には、被控訴人会社からの独立準備を含ませてはおらず、実際にも、右出張の間独立準備行為はしなかった。
三 控訴人の被害
甲一号証ないし七号証、九号証ないし一八号証、二一号証ないし二五号証、三〇号証、三三号証の1ないし6、三四号証、丙一、二号証、控訴人本人によると、次の事実が認められる。
1 控訴人は、本件事故により、前歯の破損、右足の打撲捻挫などの傷害を受け、直ちに事故現場付近の病院に救急車により運ばれて歯などの手当を受けた。
2 控訴人はその後日本に帰国して、平成四年九月二八日、中辻整形外科で受診し、右足関節打撲及び捻挫の診断で安静約三週間の指示のもと、通院加療を受け、その後運動選手であることも考慮し、運動を行いながらの理学療法を中心に通院加療を受けた。通院日は、平成四年九月二回、一〇月一回、一二月一回、平成五年一月一三回、二月一七回、三月一九回、四月は二七日までで九回であるが、同日現在向後約半年間の経過観察及び加療を要する見込みと診断されている。
控訴人は、島田病院整形外科で、平成五年二月一二日から同年四月一六日まで(二月四回、三月一回、四月一回)、通院加療を受けた。その時の症状は、右下肢疼痛、しびれがあり、内服のうえ理学療法を施され、徐々に症状が軽減しており、通院終了時には治癒とされている。
控訴人は、黒川鍼灸院で、平成四年一〇月一〇日から平成五年二月一四日まで(平成四年一〇月四回、一一月三回、一二月二回、平成五年一月四回、二月三回)、通院加療を受けた。同院では、右足首打撲の傷病名で、通院終了時にもやや軽い痛みがあり、治療を要するとされている。
控訴人は、グローバルスポーツマッサージで、平成四年一〇月二〇日から平成五年四月二三日まで(平成四年一〇月三回、一二月一回、平成五年三月二回、四月三回)通院して、右足首打撲について、鍼、マッサージによる治療を受けた。
3 控訴人は、伊達岡歯科医院において、平成四年九月二八日から平成五年三月九日まで(平成四年九月二回、一〇月四回、一一月三回、一二月四回、平成五年一月五回、二月二回、三月三回)歯科診療を受けた。控訴人の口及びその周囲には、前歯を中心に次のような本件事故による損傷が見られた。すなわち、歯を中央から両端へ順番に番号を付して表現すると、上左右一、二、三番、下左右一、二番の歯槽骨骨折があり、上左一番、右一番の歯の欠損(完全脱臼)、上左二番、右二番、下左一、二番、右一、二番の歯の破折(亜脱臼)うち右一、二番は根尖三分の一で破折した。歯冠を四分の三以上喪失した歯は零であるが、下右一、二番は、損傷の状況から、そのようにも言える。頤部・下唇裂傷があり、二次性の辺縁性歯周病が上左右二番ないし七番の歯、下左右一番ないし七番の歯の位置に見られた。これに対する治療としては、上左右一番ないし三番の歯について、セラミックボンド(メタルボンド)ブリッジによる欠損補綴、下左右一番ないし三番の歯について、連結セラミックボンド(メタルボンド)冠による補綴治療がなされた。右治療に当たり、破折部の修正、歯髄治療、支台築造や支台歯形成などのため、二次的に一〇歯につき、歯冠部表面積の四分の三以上(体積の三分の一から四分の三)を処置された。頤部・下唇裂傷については、止血縫合処置がなされた。
4 治療医は、右歯の治療は恒久的でない旨述べている。
控訴人の歯のうち、下右二番については、平成七年二月ころ、メタルボンド前装冠が破折したところ、そのころの治療医は、前装冠がまた破折しやすい旨見通しを述べている。
また、控訴人はその後も、歯の治療を受けた部分について、痛むことや、継続して手入れが必要なため、平成五年以降平成九年三月までの間にも、年に五回以上は歯科で受診し、治療を受け続けている。
控訴人は治療を受けた歯について、平成六年七、八月ころから下の前歯全体が浮いた感じがしてきて、特に平成七年に入るころ以降気になり、前歯が食べ物を噛むのに耐えないと感じ、また歯茎がおかしいとか、歯垢が出てくるとか、神経を残してある歯はすべて冷たいもの熱いものがしみるとの症状を訴えている。これについて、歯科医横田裕は、自然治癒能力のないところを人工物で被ったために起こった症状であり、肉体的、精神的、社会的に影響は大きいが、今の状況を改善するためには、全ての人工物の遣り替えが必要であり、将来においても状況の変化に応じた遣り替えが必要になってくる可能性は高いとし、さらに、親身になって治療に当たる医療者にめぐり会い、今の症状が少しでも緩和され、それにより被害者がその状態を受け入れ前向きに生きていくことを願ってやまない旨意見を述べている。
5 控訴人は、昭和四三年八月二六日生まれで、本件事故当時二四才であった。控訴人は、高校生のとき、国民体育大会での自転車競技に優勝するなど、アマチュアスポーツである自転車競技の選手として活躍を続けていたので、本件事故当時、福井商会に雇われていたが、その能力及び実績により、福井商会において社員ライダーという地位を与えられ、従業員として通常の仕事に就くほか、自転車競技の全国的又は世界的な大会に出場したり、自転車競技の練習、実走試験をしており、このような活動を通じて、福井商会の宣伝をすることを任務とされていた。控訴人は、福井商会から平成四年の給与として、二五四万一四〇〇円の支給を受けた。自転車競技者の全盛期は三〇才過ぎである。
6 控訴人は、本件事故の後、自転車を走行させる際、歯や足に痛みを感じるなどして、以前より能力が落ちたものと感じ、成績も落ちたため、自転車競技者として活動することをあきらめ、自転車競技者であることを辞め、これにより福井商会を平成五年七月二〇日に辞めて、同年九月他の会社に勤めるようになった。しかし、この会社も平成八年一二月に退職した。
第二 当裁判所の判断
一 本件事故はアメリカ合衆国カリフォルニア州で発生したから、これを原因とする損害賠償責任については、法例一一条一項により、同州の法を適用して判断する。
二 被控訴人甲野の責任
本件事故は同被控訴人の居眠り運転により生じたものであり、被控訴人はこの事故発生につき過失があることは明らかであるから、これにより控訴人に生じた以下の損害を賠償する責任がある(注①)。
三 被控訴人会社の責任
本件事故は、被控訴人会社の被用者である被控訴人甲野がその職務の執行中に起こしたものであるから、被控訴人会社はこれにより控訴人に生じた以下の損害を賠償する責任がある(注②)。
四 被控訴人らの責任の範囲
被控訴人らは、後記七2の損害も含め、各自全部の責任を負う。一部分づつの責任に留まるものではない(注③)。
五 好意同乗
被控訴人会社と控訴人の勤務していた会社との関係も考慮すると、同乗していた控訴人が被控訴人らに損害賠償請求をできないとすることはできない(注④)。
六 過失相殺
被害者に損害発生や拡大に責任があるときは、これを損害賠償額判断に考慮すべきものである(注⑤)。本件において、控訴人が事故当時にシートベルトを着用していなかったことは前記のとおりであるが、これを着用していればどの程度の被害に留まったかを明らかにする鑑定その他の証拠は存しないから、控訴人のシートベルト不着用をその損害賠償額を減殺(過失相殺)する要素とすることはできない(注⑥)。
七 損害
以下に被控訴人らが賠償すべき損害額について判断する(注⑦)。
1 労働能力の喪失の損害
前記第一の三認定の事実およびそこに引用の証拠によれば、控訴人は本件事故による傷害のために、事故の平成四年九月二三日から五年間にわたり従前の給与(年二五四万一四〇〇円)の約一〇パーセントにあたる一二五万円相当の労働能力を失ったと認めるのが相当である(注⑧)。この五年間は本判決までに経過しているから中間利息は控除しない。これ以上の損害は認められない。
2 生活享受を侵害された損害(慰藉料)
前記第一の三に認定の事実ほか本件に現われた諸事情を考慮すると、控訴人が傷害を受けて生活享受を侵害された損害(慰藉料)として二〇〇万円の損害を認めるのが相当である(注⑨、⑩)。これ以上の損害は認められない。
3 将来の医療費
事故のため将来に治療が必要となった治療費も損害として請求できる(注⑪)。しかし、本件では歯の再治療が必要となる可能性があるものの、その必要が確実とまでは立証されていないし、その必要な治療費の額は全く立証されていないから、この治療費の賠償を認めることはできない(注⑫)。
八 利息
同州の法によると陪審の評決の時点から利息を請求できるが、慰藉料につき陪審評決前の利息は請求できないとされている(注⑬)。日本で裁判されるときは事実審の判決時、つまり本判決時から年七パーセントの利息を請求できると解する。
注① 藤倉晧一郎「アメリカにおける交通事故の損害賠償責任をめぐる法理」世界の交通法二一八頁、Civil Code of the State of California, §1714
② Civil Code, §2338, Restatement of Agency 2d, §219, §220, §228.
③ Civil Code, §1431.2, Miller v. Stouffer(1992), 9Cal.App.4th 70, 11Cal.Rptr.2d 454.
④ 藤倉、前掲二二四頁、Modern status of rule imputing motor vehicle driver's negligence to passenger on joint venture theory, 3ALR 5th 1.
⑤ 藤倉、前掲二二七頁、ジョセフMカンボイ・高松薫「米国における交通事故損害賠償」交通事故訴訟の理論と展望―東京三弁護士会交通事故処理委員会創立三十周年記念論文集四三頁、Restatement of Torts 2d, §463.
⑥ Franklin v.Gibson(1982), 138 Cal.App.3d 340, 180 Cal.Rptr.23, Truman v.Vargas(1969), 275 Cal.App.2d 976, 80 Cal.Rptr.373.
⑦ 損害賠償一般につき、カンボイ・高松、前掲四七頁、Restatement of Torts 2d, §901--917, 924, Civil Code, §3333.
⑧ Restatement of Torts 2d, §906(b)(c), §924(b), §913A, Suffi-ciency of evidence, in personal injury action, to prove impairment of earn-ing capacity and to warrant instruc-tions to jury thereon, 18 ALR 3d 88.
⑨ 佐藤恭一「渉外交通事故事件の諸相」判例タイムズ九四三号一二三頁、Restatement of Torts 2d, §905(a), §924(a), §913(2).
⑩ 本件損害賠償額の判断には次の二つの文獻を参考とし、インフレ、日米貨換算率、事故後の経過年数なども考慮した。Excessivenss or adequacy of damages awarded for injuries to, or conditions induced in, sensory or speech organs and systems, 16 ALR 4th 1127.Damages, 22 AmJur 2d, §358.控訴人の傷害が歯だけではなく、足にもあったことは損害額算定に考慮している。なお控訴人の引用する事例は、死亡や本件よりも重い傷害の事例であるから、本件に直接には参考とならない。
⑪ 佐藤、前掲、Restatement of torts 2d, §924.
⑫ Requisite proof to permit recovery for future medical expenses as item of damages in personal injury action, 69 ALR 2d 1261.
⑬ Civil Code, §3291, Turner v.Japan Line, Ltd.(1987), 702 F.2d 752, Poleto v.Consolidated Rail Corp.(1987), 826 F.2d 1270, Frank-lin v.Gibson, supra.
第三 結論
以上の判断によると、控訴人は、被控訴人各自に対し、三二五万円、及びこれに対し本判決の平成一〇年一月二二日から支払いまで年七パーセントの割合の利息の支払いを求めることができるが、その余の請求は理由がない。控訴人の控訴は一部理由があり(主文四項)、被控訴人会社の附帯控訴も原判決の利息の起算日に関する限りで理由がある(主文二項)。なお控訴人は原判決請求認容部分については、利息割合につき請求を拡張していないからその部分については年七パーセント分の支払を命じることはできない(主文二、三項)。被控訴人甲野は附帯控訴をしていないから、原判決を同被控訴人に有利に変更することはできない(主文三項)。よって、控訴と附帯控訴にもとづき、原判決を右の趣旨に変更することとする。
(裁判長裁判官井関正裕 裁判官河田貢 裁判官高田泰治)